朝日新聞2003.9.9.オピニオン欄

「強い日本を」の風潮 なぜ … 「不安」が導くナショナリズム

小熊英二・慶大助教授に聞く

おぐま・えいじ 出版社勤務後、東大大学院博士課程修了。慶大専任講師を経て00年に現職。今年出版した上野陽子氏との共著『《癒し》のナショナリズム』で、「新しい歴史教科書をつくる会」の幹部や会員の活動ぶりを調査、分析した。他の著書に『単一民族神話の起源』『《民主》と《愛国》』など。専門は歴史学・社会学。62年生れ。

 教育基本法を改正し、 「国を愛する心」を理念に掲げようという動きの本格化。北朝鮮問題などを背景に「強い日本」を求める世論 …。 「ナショナリズム」をめぐる最近の風潮には、閉塞感のはけ口を強い国家に求めようとしている日本人の姿が垣間見えるのではないか。共著「〈癒し〉のナショナリズム」で「草の根保守運動」の実証研究を行った、小熊英二・慶大助教授に聞いた。     (高橋純子)

共同体やモラル求める

 ◇ 今年の終戦記念日に靖国神社に行かれたそうですね。

 「戦争体験のある年配の方や遺族の方もいれば、若い人も来ていました。若い人にも、小林よしのり氏の作品を読んだのかなという人もいれば、得意そうに展示兵器の解説をしているマニアもいる。東京都の石原慎太郎知事が訪れると、『石原先生、万歳!』と叫ぶ団体もいる。そして何人かの都議はじっと石原氏が出てくるのを待っていて、報道陣のカメラに一緒に収まっている……。追悼も興味も、政治的な打算も入り交じっている。まさにナショナリズムの縮図だと感じました」

 ◇ 共著「〈癒し〉のナショナリズム」の「癒し」とはどういう意味ですか。

 「『新しい歴史教科書一をつくる会』の幹部は 『現実主義』とか『国益』などと言っているけれど、実際には無用な国際摩擦を起こして国益を損ねているし、社会や政治への現実的な対応になり得ていない。政治運動というより、社会の『不安』がナショナリズムという形で発散されているという意味で付けました」

 ◇ 「不安」とは。

  「景気の停滞で、未来像が描けない。 『中流崩壊』とか『学力崩壊』とか、 『崩壊』を冠した議論が近年注目された背景には、日本社会が変容を迫られているのに、展望が見えないことへの不安があると思います。以前の保守政権の路線は景気低迷で立ち行かないのに、冷戦終結のあとは明確な社会変革の理念も語りにくくなっています。保守と革新という枠も不透明になり、展望を語れない時代になった」

 ◇ それらの不安がなぜ、ナショナリズムと結びつくのでしょうか。

 「『つくる会』の幹部や会員をみると、共同体やモラルヘの希求が、そこに流れこんでいるようです。グローバリゼーションと冷戦終結によって、国内的にも国際的にも、政治や経済、社会が流動的になった。これまでの経済構造のもとで成立していた会社組織や地域社会、学校、家族、価値観なども変化せざるを得ません。そこで頼るべき共同体や価値観がないという不安が生まれ、90年代後半には、共同体やモラルの再建を説く論調が強く出てきました。個人主義やエゴイズムが横行し、教育や青少年心理にも悪影響を与えているから、共同体やモラルを復活させるんだ、と」

 ◇ ただ、今は共同体を飛び越して、 「強い国家」を求めるという形になっています。

  「それはマスメディアの浸透が大きいでしょうね。東京からニュースが流れてくると、地方の人も国単位でものを考えるようになります。地方政治よりは国政を語るようになるし、外交への一体化も強まる。地域社会が頼れなくなれば、ますますそうなる」
  「もう一つは、 『ほかの語り方を知らない』ということ。社会変革の理念が見当たらない時代ですから、現状への不安や不満を訴えたくても、『わが日本をどうするか』といったナショナリスティックな語り方しか提供されていない。『〈癒し〉のナショナリズム』には『つくる会』の一般会員たちのインタビューが収録されていますが、それを読んだある作家は『この人たちは、権力があるわけでもないのに、どうしてこんなに〈上〉からものを言うんだろうね』と言っていました。おそらく、彼らがテレビや雑誌上の評論家の語り方しか、社会を論じる方法に接したことがないからでしょう。地域で具体的な問題に取り組んでいる人なら、『この原発をどうするか』とか『この開発計画をどうするか』といった語り方はしても、 『わが日本をどうするか』といった語り方にはならない」

 ◇ 旧来の革新側の言葉が力を失い、流通しなくなつたということもあるのでしょうか。

 「『つくる会』の人たちは『エゴイズムの横行は戦後民主主義のせいだ』といった批判をします。しかし彼らは、本当は戦後の思想も歴史もよく知らない。戦後の進歩派はエゴイズムに批判的だったし、平和主義をナショナルな理念として打ち出していた。むしろ保守派のほうが、理想より経済成長、平和主義より対米協調と言い続けてきた。その経済成長がエゴイズムをもたらしたとすれば、彼らが批判すべきは保守派のはずでしょう」
 「55年体制という、保守2に対して革新1の比率で議会を分け合うという配置は、結果的にですが、当時の国民感情を表現していたと思います。『生活が大事』が2で、『理念も大事』が1ぐらい。その結果、経済成長はするが、改憲はできないという形でやってきた。今後はどうなるか予測がつきません」

核になる理念は持たず

 ◇ このところ、ナショナリズムヘの関心が強まっているのはなぜでしょうか。

 「社会が不安定で、『自分探し』が流行しています。しかし『つくる会』の会員には、ただの『自分探し』では情けない、社会的な関心も持ちたいという気分もあるようです。両方兼ねると、ナショナリズムヘの関心になるのでしょう」 「しかしナショナリズムといっても、核になる理念がない。ナショナリズムの核として、戦後の進歩派は平和憲法を、保守派は天皇を、それぞれ掲げました。しかし『つくる会』の会員たちは、そのどちらにもリアリテイーが持てないようです。結果として彼らは、『私たちは普通の市民だ。異常なサヨク(左翼)ではない』という排除の形でしか、自画像を描けない。とはいえそうした排除を続けても、その『普通』の中身が何もないのだから、彼らの不安が解消されることはあり得ないと思います」

 ◇ 今後の展開をどうみますか。

 「有力な社会運動に発展するほどの組織力があるとはあまり思えません。実は彼ら自身が、非常に個人主義的ですから。ただし、投票行動で雪崩を打つとか、いやがらせメールを大量に送るといった行動に出る可能性はある。石原慎太郎氏が大量得票するといった現象に、それが部分的に現れていると思います」

 ◇ 国会では憲法や外交問題に関して、若手議員の「ネオコン(新保守主義)化」も指摘されています。

 「天下国家を語った方が楽なのではないでしょうか。具体的な問題が回避できますから。特殊法人をつぶすよりは、改憲をいう方が、彼らにとっては易しいと思います。タブーに挑戦するポーズをとっていても、彼らにとって一番タブーになっている部分、例えば利益誘導や派閥政治を改革するといったことは避けている。彼らは改憲に『逃避』しているのだと思います」

 ◇ 小泉首相が先日打ち出した改憲諭も「逃避」ですか。

 「作家の島田雅彦さんが言うには、小泉首相の演説は、 『決然と』とか『主体的に』といった副詞の部分に力が入っていて、誰が何をするのかという主語や述語の部分は不明瞭なのだそうです。具体的な政策ビジョンを示すよりも、社会の雰囲気や漠然とした不満をつかむパフォーマンスをする、一種の嗅覚が発達している人だと思いますね。いまの政治状況で改憲を言うことの効果も、嗅覚としてわかっているのではないでしょうか」
 

■ 90年以降の「ナショナリズム」をめぐる動き ■

1990年1月 本島等・長崎市長が天皇の戦争責任発言をめぐって右翼に銃撃される
  94年7月 社会党出身の村山富市首相が、日米安保体制の堅持と自衛隊容認を表明
  96年7月 橋本龍太郎首相が靖国神社を参拝。首相の参拝は85年の中曽根康弘首相以来11年ぶり
  97年1月 「新しい歴史教科書をつくる会」発足
  99年5月 周辺事態法など新ガイドライン関連3法成立
     8月 国旗・国歌法成立
2000年1月 衆参両院に憲法調査会が設置される
     5月 森喜朗首相が「日本は天皇を中心とする神の国」と発言
  01年4月 「つくる会」の歴史教科書が検定合格
     8月 小泉首相が13日に靖国神社を参拝
     9月 米国で同時多発テロ発生
      10月 テロ対策特別措置法が成立
     12月 海上保安庁の巡視船が東シナ海で工作船と銃撃戦
  02年4月 小泉首相が靖国神社を参拝
      5月 福田官房長官が非核三原則の政策転換の可能性に言及
      9月 小泉首相が訪朝。北朝鮮が日本人の拉致を認める
  03年1月 小泉首相が靖国神社を参拝
     3月 中央教育審議会が教育基本法の改正を文部科学相に答申。「郷土や国を愛する心の涵養(かんよう)」などの理念を新たに規定するよう提言
     6月 有事法制3法が国会議員約9割の賛成で成立
     7月 イラク復興支援特別措置法が成立
     8月 小泉首相が05年11月までに自民党の憲法改正案策定を検討する考えを表明