朝日新聞2009年1月30日 金曜日 《関西スクエアSP》 「神仏霊場巡拝の道」発足記念特集

日本人本来の信仰は

  伊勢神宮と近畿2府4県の150の社寺を結ぶ「神仏霊場巡拝の道」の発足を記念した「朝日21関西スクエア」特集の特別版です。神道、仏教・キリスト教の立場から発足に深くかかわった3人が、京都府八幡市の石清水八幡宮に集まり、明治政府の神仏分離政策からの大転換となる運動の意義を語り合いました。司会は、朝日21関西スクエアの08年度企画運営委員で宗教学者の山折哲雄氏です。(構成=佐伯善照、高橋真紀子)

■ 平安の仏教は神々と育った

山折 日本人の本来の信仰や生活のあり方とはなんだろう。そんな反省が、ここ10年ほどの間に社会全体に広まり、民衆のレベルで神も仏も尊んできた信仰の歴史が見直されてきました。そこに着目して神道界、仏教界、そして宗教学界に働きかけたのが廣川さんでしたね。
廣川  私は18歳で洗礼を受けたキリスト教徒で古代日本文学の研究者です。日本人にとって救いとは何かということを考えてきました。この度の契機は阪神大震災でした。被災した人たちが、がれきの中の供花や廃虚に咲く草花や生き生きとした緑の木々を歌いあげ、新聞の詩歌の欄に投稿していました。万葉集などに出てくる日本人の自然観、生命観が連綿と受け継がれていると思い、日本人の精神の奥底には今も通底するものがあると感じたのです。一木一草に慰め安らぎを得る。自然による救いです。そのような感性や心性をもっと掘り下げた救済観や宗教観が、現代が見失った日本人の共通の常識や価値観になればと思い始めたのです。
山折  石清水八幡宮の田中宮司は、神道の立場から深くかかわってきました。
田中  ええ。日本人は二者択一の「神か仏か」ではなく、おおらかに寛容の精神で「神も仏も」の信仰をはぐくんできたと思います。石清水八幡宮も、大安寺(奈良)の行教という僧侶によって平安期に創建されたとされ、当初から仏教の影響を強く受けてきたのです。それが、明治政府のいわゆる神仏分離政策で、仏教とたもとを分かたなければならなくなった。
山折  仏教の立場から高野山真言宗の松長座主(ざす)はどう感じますか。高野山というのは、日本人のあらゆる宗教を包み込んできた歴史があるように思うのですが。
松長  自然を中心に、神を敬う信仰が元々あり、そこに仏教が入ってきた。比叡山にしても高野山にしても、平安の仏教は神々と一体になり育ってきました。空海の思想は「寄ってくるものはどうぞ」と開放的です。だから、高野山にはあらゆる宗派の方々がお参りし、碑や墓をたてた。古代キリスト教のネストリウス派の碑もありますし、敵方をも含めて戦没者をまつる日本最古の碑もあります。他宗派を排除するという考え方はありませんでした。
山折  そうした古来の宗教的土壌が、なぜ明治になって政府によって強制的に改革されたのか。西欧諸国を視察した当時の政治指導者の決断だと私は考えています。 例えば伊藤博文は、西欧近代国家の基礎に一神教のキリスト教があると痛感して帰国するのですが、日本ではどうかといえば、伝統的な神道も仏教も役に立たない。そこで神仏共存の宗教体制をいったん壊して、一神教的な宗教を新たに作り上げるしかない。それが国家神道でした。
廣川  明治政府が求めたのは、キリスト教的な絶対的な唯一神ではないと思います。多神教の一神教化ではなく、日本古来の多様な神々や仏をピラミッド型に統一していく神の神のようなイメージだったのではないか。
山折  一方で、西欧では「政教分離」という近代的観念も唱えられていました。それを見て明治政府は苦肉の策として「国家神道は祭儀、祭式であって宗教ではない」と、苦しい理屈を展開した。いわば「上からの宗教改革」をしたものの、民衆の信仰とはずれがある。この食い違いが今日まで続いています。
松長  明治政府の宗教政策で仏教は存立基盤が弱くなり、国家神道に追従する流れと、民衆の通俗信仰に同化する流れが生まれました。

■ 寛容の生鈴で神も仏も尊ぶ

田中  神社も統廃合させられて、各地に鎮まっていた神様がいなくなった。その地域に住んでいる人々の心の支えがなくなったということで、大きな問題です。国家神道とのからみでは、今でも神道のなかにセクトのように残っていると考えられ、困っています。神道は本来は平和主義なのです。山折戦後には柳田国男、折口信夫が唱えた「民間の鎮守の森信仰こそが日本の民衆の、本来の神道だ」という考えが主流になってくるんですが、靖国神社への政治家の参拝を契機に、また蒸し返されたということでしょう。
山折  さて、神仏霊場の巡拝の道には多数の社寺が参加しています。背景には、過疎地の社寺信仰を盛り上げないといけない、という切実な願いもあると思います。
松長  那智や熊野神社への参拝のついでに高野参りをすることによって、高野山が復興してきたという歴史もありますから、確かに相乗効果は期待できるでしょう。
田中  旅は元々、命をかけてやるものでした。お伊勢参りでも身の危険を感じながら旅をし、行く先々で命の尊さや生かされていることのうれしさを感じていた。だからこそ、成就したときには、めいっぱい遊ぶこともあったんですよ。今回発足した神仏霊場会の目的や趣旨も、命の尊さ、ありがたさを一つ一つ受け取って巡拝していただくことにある。単なる物見遊山や観光ではないことを強調しておきたいですね。
松長  そう。巡拝を通じて、自然の中にあるあらゆる命と自分がつながっていることが、皮膚感覚で分かってくるんですね。いわゆる個々の「信仰」とは別の問題ですが、それがむしろ「日本人の信仰」なのではないかと思います。「つながりの自覚」ということですね。
廣川  キリスト教は、神のもとにおける結合、交わりの宗教です。信仰に関して言えば、罪からの救いです。人間が存在する限り、あるいは、行為自身が罪を発生しているという思いがキリスト教にはある。仏教にも神道にもあるのではないですか。
田中  神道の場合、罪はいろいろあっても死と同時にすべて消滅してしまう。昇華してしまうわけですね。
松長  滅罪の考えは古代から日本人の中にあり、仏教でも懺悔(さんけ)は非常に大事な行事です。僧侶も信者もまず自分の罪障を懺悔することから始まる。キリスト教的な原罪の意識はないかもしれませんが、日本人は日常生活の中で常に罪を意識しながら生きてきた。だから、神や仏に頼り、自分自身をきよめていかなければならないと思ってきたのです。

■ 奥底には「自然による救い」

廣川  自然の中の神々に畏敬(いけい)をささげてきた古来の神道と、人も草木も国土も仏の慈悲のあらわれとする仏教の融和が、自然と共に生かされて在ると信じる日本人を育ててきました。その自然と歴史が育んだ社寺を巡拝して心の再生やいやしを体感してもらうのが神仏霊場会の趣意です。
田中  神仏霊場会の活動を通じて、すべてのものが自然に回帰するという運動につながっていくことが大切だと思います。まず自分たちが自然の中にかえって、生かされている命を認識し、自然との共生をはかる必要がある。
山折  今回の巡拝の道に、例えば東西の本願寺などは入っていないですよね。本願寺の浄土真宗は、現世利益的な霊場信仰を積極的には認めていないからでしょう。概して鎌倉仏教の流れをくむ教団は、この運動に参加しにくいのかもしれません。
廣川  参加していないというよりも、歴史的な経緯などを考えて、こちらからご案内を差し上げなかった宗派や教団もあります。じっくり運動を展開して、賛同を得ていきたいと思っています。
田中  参加を拒むというわけではないので、「日本人の信仰観の復興」という大きな目標に目を向'けていただきたいと思っています。
松長  私は日本人の信仰に信頼を置いています。いずれの日か、この運動にすべての宗派を包み込むような日が来るであろうと期待しています。

■ 「近代化」への異議申し立て

山折  世界に発信していく核ができたんですから、ゆくゆくはキリスト教の聖地なども含めたいですね。歴史へと視野をひろげると、アジアで日本が近代化に成功したのは、政治、経済に宗教が異議申し立てをしなかったからです。近代化の限界が見えてきた今、宗教からの異議申し立てという形で、この運動が始まったのでしょう。


【出席者(左から)】
石清水八幡宮宮司 田中恒清氏
たなか・つねきよ64歳。神社本庁副総長、文部科学省宗教法人審議会委員、八幡市観光協会会長。神仏霊場会では顧問。
宗教学者 山折哲雄氏
やまおり・てつお77歳。元国際日本文化研究センター所長。著書に「日本文明とは何か」など。神仏霊場会では特別顧問。
高野山真言宗管長 松長有慶氏
まつなが・ゆうけい79歳。金剛峯寺座主。文学博士(密教学)。全日本仏教会会長。著書に「麿教」など。神仏霊揚会副会長
同志社大名誉教授 廣川勝美氏
ひろかわ・かつみ72歳。文学博士。著書に「深層の天皇」など。神仏霊場会で組織委員長を務める。

参加社寺
【三重県】伊勢神宮(内宮、外宮)
【和歌山県】熊野速玉大社▽青岸渡寺▽熊野那智大社▽熊野本宮大社▽闘鶏神社▽道成寺▽藤白神社▽竈山神社▽根来寺▽慈尊院▽丹生官省符神社▽丹生都比売神社▽金剛峯寺
【奈良県】東大寺▽春日大社▽興福寺▽大安寺▽帯解寺▽石上神宮▽大和神社▽大神神社▽法華寺▽西大寺▽唐招提寺▽薬師寺▽法隆寺▽中宮寺▽霊山寺▽宝山寺▽朝護孫子寺▽広瀬神社▽当麻寺▽橿原神宮▽文殊院▽長谷寺▽室生寺▽談山神社▽南法華寺▽金峯山寺▽丹生川上神社上社▽丹生川上神社 【大阪府】住吉大社▽四天王寺▽阿部野神社▽今宮戎神社▽大念仏寺▽法楽寺▽生国魂神社▽坐摩神社▽大阪天満宮▽太融寺▽施福寺▽水間寺▽七宝瀧寺▽金剛寺▽観心寺▽叡福寺▽道明寺天満宮▽葛井寺▽枚岡神社▽四條畷神社▽水無瀬神宮▽総持寺▽神峯山寺▽勝尾寺
【兵庫県】生田神社▽西宮神社▽広田神社▽切利天上寺▽湊川神社▽長田神社▽須磨寺▽海神社▽広峯神社▽円教寺▽赤穂大石神社▽一乗寺▽清水寺▽清荒神清澄寺▽中山寺
【京都府】石清水八幡宮▽御香宮神社▽城南宮▽教王護国寺▽善峯寺▽大原野神社▽松尾大社▽天龍寺▽大覚寺▽神護寺▽車折神社▽仁和寺▽鹿苑寺▽平野神社▽北野天満宮▽今宮神社▽宝鏡寺▽大聖寺▽相国寺▽御霊神社▽賀茂御祖神社▽賀茂別雷神社▽鞍馬寺▽貴船神社▽寂光院▽三千院▽赤山禅院▽曼殊院▽慈照寺▽吉田神社▽真正極楽寺▽聖護院▽平安神宮▽行願寺▽青蓮院▽八坂神社▽清水寺▽六波羅蜜寺▽妙法院▽智積院▽泉涌寺▽観音寺▽伏見稲荷大社▽三室戸寺▽平等院▽醍醐寺▽毘沙門堂▽浄瑠璃寺▽岩船寺▽穴太寺▽籠神社▽松尾寺
【滋賀県】多賀大社▽田村神社▽金剛輪寺▽西明寺▽長浜八幡宮▽宝厳寺▽観音正寺▽永源寺▽百済寺▽日牟礼八幡宮▽長命寺▽御上神社▽建部大社▽石山寺▽園城寺▽西教寺▽日吉大社▽延暦寺