目 次 |
キーワード: 近代体育 身体 文化 オリンピズム 思想史 文明史 運動記述
本稿は、ピエール・ド・クーベルタン(Pierre de
Coubertin, 1863-1937)が提起したスポーツによる教育学の変革という思想課題を近代体育の展開過程の中に含めて、その教育思想史上の意義を考察し、現代日本の体育学へのひとつの問題提起として論考する。
|
現時点において、体育学の関係者の職業の中核は、広い意味での教育サービスなのであり、ごくまれな例外を除けば、教育以外の仕事で社会的責任を全うできるような社会の基本システム、たとえば古代ギリシアの「ギュムナスティケー」といった一元的価値(ヘレニズム)を開花させた文化システムのようなものを構築することは、われわれにはユートピアであると考えるからである。 現代の学術領域の融合による新しい人間学の流行の中で、体育学という分野は多様な基礎学の応用が可能な分野、有望な分野であると考えられる傾向が見られる。しかし、それは逆に多様な学術的依存関係(利害関係)に支配されているということでもある。また、価値多元化時代と呼ばれ、価値の一元化が困難な現代にあって、体育学は何のためのものなのかといった問いに対して多元的価値観からの回答が考えられ、体育学の統一的イメージすら明確ではなくなってきている。しかし、学会がその存在理由として有力な共通の原理を持たないままに、ただ多様な価値を自由原理にしたがって容認すれば、これまでよりさらに専門分化が激化し、分裂や融解に向かうかもしれない。 |
近代体育の成立期である18世紀後半から19世紀初頭にかけて、新しい時代への模索から、市民社会を構築する不可欠な分野としての教育への期待が強くなり、人間の生き方を決定づける作用である教育をめぐる哲学的論議が数多く現れた。そして、アンシャンレジームの教育とは異なる実践が生み出される。ドイツにおける汎愛派の教育改革運動はその一例である。この流れの中で、近代体育が成立していく。山本(1) はケーニッヒに依拠し、筆者の理解によって要約するなら、この近代体育の原理を数学的機械観(計ることに象徴される)の身体への貫徹過程であることを指摘し、近代体育が教育的人間学から大切なものを喪失していく原点として描いている。これを身体の眼差しの科学化の過程と考えると、そのはじまりはかなり前から起こっていたと言える。グーツムーツはその第一の収束点であり、身体は人間の存在条件として一般化されていったと考えてよかろう。この身体の一般化ということについて、もう少し思想史的事実を検討しよう。 ヴィガルロ(2)は姿勢教育に限定して、その「計ること」によって、 |
人間の身体的価値を記述することが、16世紀から長い歴史をかけて成立するフランスにおける過程を描いている。人間の姿勢の良し悪しに関わる記述のほとんどすべてが道徳的言説としてなされていたのであり、身体内部の構造にも身体の静力学(直立姿勢を重力の作用から説明する)にも触れず、もっぱら身体の外皮(服装)が空間に占める輪郭に集中していたという。しかも、身体は見られる対象としてとりわけ意識され、垂直な不動の姿勢の規範は、身体的機能の問題ではなく、できる限り心の動きを「そぶりに」出さないという儀礼的道徳の問題として語られていた。(3) エリアスは『宮廷社会』(4)の中で、何故このような「モード」が強い強制力を持ちえたかについて描いていることは周知のとおりである。このような時代、身体運動は姿勢を「しなやか」にする手段とされていたが、身体運動といっても乗馬、剣術、ダンス、といった技芸を指しており、その師範たちは技を数字や図によって記述を行っているにしても、それは技の型を特定し、権威づけるためのものであった。この状況をヴィガルロは次のように総括している。
|
グーツムーツの思想課題は、フランスではアモロス(1770-1848)に見ることができる。スペインでぺスタロッチの教育方法にもとづく教育実践をしていたアモロスは、1820年代からフランスの軍隊、病院、学校と連携してジムナスティークという身体・道徳形成術を普及させた。現代のフランスにおいて、アモロスを高く評価している著者はまれだが、少なくとも本稿の文脈においては、きわめて顕著な注目すべき業績を残していると評価できる。何故なら、アモロスはグーツムーツの科学的課題をさらにおしすすめ、とりわけ兵士の体力トレーニングにおいて徹底した数量化により運動処方を行なうという方法を開発したばかりでなく、身体運動に対して文化的道徳的目的を与えるために身体運動の言語コード化という問題と正面から取り組んでいるからである。その詳細については拙著 (18) にゆずるとして、ここでは、彼の行った運動記述の教育思想史的意義について述べておく。 |
アモロスの主著『ジムナスティーク的道徳的身体教育教本』(19) は上下2巻と図版冊子からなり、その大部分はシステマティックに並べられた身体運動の記述に費やされている。 しかも彼は、一つ一つの運動課題の記述を身体部位の位置関係や力伝達の感覚に関する合理的記述によっておこなっているばかりでなく、その運動が用いられた歴史やその運動を行った人物の人格などにわたる記述を丹念に挿入するのである。 これがために、後世の研究者はアモロスの文才の足りなさや、余計な蛇足と逸脱の趣味、あるいは文脈の混乱であると考えた。しかし、アモロスは確信をもってそのような構成をしたのである。 (20) 指導実践においても、彼は運動と言語、歌、詩を同時並行的に提示し、あるいは実施させるという方法をとっていた。身体運動はそれのみでは道徳的に無方向な事象であり、これを方向づけるには当該の運動の物理的記述(あるいは今日流に表現するならバイオメカニクス的記述)とともに文化的道徳的記述をまとわせなければならない、というのがアモロスの確信だった。 |
以上のような、身体運動の言語コード化は、文化的与件をはぎ取られた身体に新しい意志の形式を構築するという近代教育の教育目的に正当性を与えるために必要だったのである。しかし、アモロスの企てから分かることは、身体一般は近代的人間の形成にとって不可欠の対象となっていたが、アモロスは身体を道具として対象化したため、力の場としての身体の開発と道徳目的とが必ずしも全面的に結びつかないというジレンマに陥ったのである。高いパフォーマンスは、それに向かう人間の想像力を刺激し、強い意志を生み出す可能性があるけれども、それを誇示(競技)することは、見方を変えればひとつの虚栄心の表れとされる可能性もないとは言えない。 事実、人間の心を形成するという教育目的の領域では、近代教育の成立以前から人間の心の働きの自由さへの危険性が指摘されている。中世の教育は心の働きを神に向かう方向に限定し、身体的なるものを危険視する。 |
チボーによれば、14・5世紀の宗教会議は、乞食僧、物真似師、旅芸人、軽業師、道化役者、ザレ歌師などは反キリスト教的な存在であると定め、「古代の軽業師以来、力技師 (Tombeors)や跳躍師(espringeos)たちによって継承されてきた身体的伝統のいっさいが打ち捨てられ、なお致命的なことには、破廉恥、無信心、異端といった烙印が押された」 (22)のである。チボーはまた、知的教養の領域である中世大学のスコラ学が身体的なるものを介するあらゆる技術や職業を「機械的技芸 (arts mécaniques)」として切り離し、根本的に不信なものと見ていたとして、17世紀ですらこの種の技芸に関する著者たちは、その正当性を主張するために気をつかっていると、テヴノーの『水泳術』 (1685)の例をあげて説明している。(23) ここで「身体的なるもの」と曖昧な表現を筆者が用いるのは、それが18・9世紀的な発見された身体ではなかったという含意からである。身体一般はまだ教育的言説の中心になく、技芸の特定のものとその職業の人格が特化されたかたちで低く位置づけられていたと理解できる。
|
体育史において諸流派の乱立と方法論争として特徴づけられる20世紀の新体育の諸理論は以上のような教育思想史の文脈の中でどのように読み取るべきであろうか。 アメリカではヒッチコック(H. Hichcock, 1828-1911)やサージェント(D.A. Sargent, 1828-1918)らの人体測定、筋力測定、ギューリック(L.H. Gulick, 1865-1918)のスポーツ競技成就テストなどの仕事を基礎として、20年代に数学の統計術を応用した体力測定法が開発される。フランスのデムニー(G. Demeny, 1850-1917)が運動軌跡の分析法を開発する。一方、こうした身体運動の知的形式(数学・幾何学など)から導かれる分節的運動方法に反対して、エベール(G. Hébert, 1875-1957)>は、別の知の形式である自然への参照による自然的運動方法(メトード・ナチュレル)を普及させる。スエーデンではリングの弟子テルングレン (L.-M. Törngren, 1839-1912)らが運動姿勢の課題を精密化、規則化し、一時、抑圧的特徴を強めるが、ファルク(E. Falk, 1872-1942)>やビョルクステン(E.Bjorksten, 1870-1947)は女子と子どもの特性に適合するように、過度の筋緊張を要求する硬直した方法に反対して筋肉の緊張と弛緩を繰り返す動的な運動方法を主張する。 |
ステビンス(G. Stebbins)はこの緊張・弛緩を呼吸の機能に求める。デンマークではブック(N. Bukh, 1880-1950)が、姿勢課題中心の方法に反対し、動作の連続、律動、弾性、柔軟性、自由性を重視した強い伸展動作を特徴とする「基本体操」(Grundgymnastik)を開発する。ドイツでは、メンゼンディーク(B. Mensendieck, 1864-1959)が女性の身体美への要求にこたえる運動方法を広める。メンゼンディークは、身体に関する科学的認識と動きの努力とを統合することによって「筋肉を聡明にする」 (Spiritualisierung des Fleisches)という。同じく、ダンカン(I. Duncan, 1878-1927)、ラーバン(R. von Laban, 1879-1958) 、カルメイヤー(H. Kallmeyer)らは、身体の芸術的・美的姿勢や動作の表現性を運動課題として女子体育に貢献している。この方面では、19世紀的運動訓練法は、動きにリズムと表現性を与えることによって克服されていく。スイスのダルクローズ (E.J. Dalcroze, 1865-1950)は筋感覚を介した音楽教育を追及し、「リトミーク(Gymnastique rhythmique) という方法を確立する。 こうして、身体運動の研究は機能主義に向かい、身体運動のエネルギー的側面に続いて、その内的表象や意識の深層などへの側面も示している。 |
クーベルタンの思想形成の経過についてはここでは立ち入らずに、ただちに彼のオリンピズムという教育思想を、これまでの論述の文脈に関係づけてみたい。従来、筆者はクーベルタンの立場から何が見えるのか(36)(37)(38) について論述してきたが、ここでは、教育思想史の立場に徹して、彼の思想の意義を考えることにする。なお、この論考に用いられている主要概念については別途、拙著(39)を参照してほしい。クーベルタンの出発点には、近代教育が自己発展をとげてきた以上のような文脈に見られる教育思想史の課題がすでに置かれていたのである。事実、クーベルタンは20世紀の知の状況を啓蒙主義的知識観の破綻であると指摘し、生きることを教える実効性のある哲学の不在を嘆いている。 (40) 彼のイギリス・スポーツの発見は、近代教育の身体がまとうべき文化的内実の模索の文脈において理解することができる。とりわけ、文明史の認識をベースとした彼のオリンピズム思想の中の身体は、近代教育が物理的時間の中へ解放した身体一般の文脈を思想課題としている。 |
オリンピック復興の事業は、単純に考えれば、古代ギリシアへの憧れには違いないが、その憧れの意味はまさに、とりわけ近代教育の身体に期待されてきた文化問題へのひとつの解答でもある。(41) 近代体育には身体の文化的内実が不在であったと、彼は明言している。(42) クーベルタンが発見したイギリス・スポーツは、イギリスパブリックスクール教育の中で、身体であり文化であるものとして一定の正当性を確立していた。クーベルタンは、スポーツはイギリス文化の独占物ではないとして、 (43) それを一挙に人類文明史の原理にまで普遍化することによって、近代教育の思想課題に答えようとしているように見える。オリンピック復興は、彼にとって「身体文化の強固な組織化」 の実現による教育学の改革の鍵である。(44) クーベルタンは、「スポーツ本能(l'instinct sportif)」という言葉によって、個人としての人間と文明史の双方を貫いている根源的なエネルギーについて教育学は気づくべきだと言っている。 (45)(46) 近代体育が「身体的なるもの」を探し求めたとすれば、クーベルタンは「スポーツ的なるもの」を探し求めることになる。 |
冒頭に述べた通り、本稿は近代体育とクーベルタンと題し、体育学の問題を教育思想史の視点から検討し、体育学のあり方に対する何らかの基礎的視座を提供しようとした。これまでの論述の要旨は以下の通りである。
1. 近世ヨーロッパの教育は身体を健康や技芸を内実とする心のか たちとして捉えていた。
2. 近世教育において、技芸文化と融合していた個別的身体は、近代にいたり、身体一般として捉えられ、身体一般を教えるという新たな教育が登場する。
3. この新しい教育としての近代体育の身体一般は自然の側に置かれ、伝統的技芸の文化的与件を剥奪された空疎な身体となっただけでなく、物理的な時間軸の上での機能の場となった。
4. 体育学の祖型はグーツムーツの体育論にあり、その成立過程において身体と文化の二つの側面における教育的創造ということが思想史的課題となった。 |
5. アモロスは身体トレーニング方法の科学化と運動の言語コード化による道徳形成を企てたが、身体の高度な機能開発と道徳的規範との間でジレンマに陥った。
6. 近代教育における技芸文化の問題は、道徳的規範の具体像として捉えられ、常に古代ギリシアの文化への回帰傾向が見られ、19世紀の間、これに代わる文化創造はなかった。
7. 20世紀の新体育の諸理論は、哲学的動向を反映し、身体の内奥に一元的全体性原理を求めたことにより、さらに超越的な非知の知へと身体をいざなうことになり、科学と哲学との間でますます人間を捉えることが難しい状況を現出させた。
8. クーベルタンのオリンピズム思想は、近代体育の身体問題と文化問題の両方を捉え、身体一般に対して身体固有の文明史的時間を与え、スポーツの心理的記述によって筋肉と意識を結合し、身体に文化を取り戻そうとした。しかし、これは近代教育における身体と文化の近代問題を深化させることにもなっている。
|
… 完 …
(1)
山本徳郎(1998) 『「考える人間は堕落した動物である!」か?:「身体」,「健康」「運動」概念の再考』(体育学研究、第42巻、第6号、p.427-435) (2)
Vigarello, G. (1978) Le corps redressé, Histoire
d’un pouvoir pédagogique, Paris, Jaen-Pierre Delarge « Corps et
culture, 7 ». (3)
Ibid. pp.17-25. (4)
エリアス、N.波田、溝辺、羽田、藤平訳(1981)
『宮廷社会』、法政大学出版局 (5)
Vigarello. op.cit. p.54 (6)
Spivak, M. (1972) Les origines militaires de l’éducation
physique en France, 1774-1848, Paris, Thèse de l’INS. (7)
Guibert, le comte Jacques Antoine Hippolyte de (1770)
Essai de tactique générale. (8)
Ibid. p.6 (9)
Vigarello. op.cit. pp.88-92 (10) Ulmann, J. (1965) De la gymnastique aux sports modernes, hitoire des doctrines
de l’éducation physique, Paris, P.U.F. (11) Foucault, M. (1975) Surveiller et pubir, Paris, Gallimard, p.154 (12) Thibault, J. (1977) Les aventures du corps dans la pédagogie française,
étude hitorique et critique, Paris, J.Vrin (13) Ibid. p.166 (14) Brouzet (1754) Essai sur l'éducation médicinale des enfants et sur
leurs maladies, 2 vos. Paris. (15) Rousseau, J.-J. (1750) 山路昭訳『学問芸術論』ルソー全集4、白水社 「今日では、より精緻な研究とより洗練された趣味が、人間を喜ばす術を道徳律にしてしまい、われわれの習俗は悪しき、偽りの画一性に支配され、すべての精神は同一の鋳型に投げこまれているように思われる。たえず礼節が要求し、行儀作法が命令している。」pp.17-18 (16) Rousseau, J.-J. (1762) Emile, ou de l’éducation,
Paris, Ed. Garnier, 1961, p.7 « Tous ce que nous n’avons pas à notre
naissance et dont nous avons besoin étant grands, nous est donné par l’éducation.
(...) Le développement interne de nos facultés et de nos organes est l’éducation
de la nature; l’usage qu’on nous apprend à faire de ce développement est
l’éducation des hommes; et l’acquis de notre propre expérience sur les
objets qui nous affectent est l’éducation des choses. » 「われわれが生まれながらにしてもたず、長じて必要となるものはすべて、教育によって与えられる。(....)
われわれの能力と身体器官の内部的発達は自然の教育である。この発達を活用するのが人間の教育である。そして、われわれの心を動かす事物について自らの経験を獲得することが事物の教育である。」 (17) 清水重勇 (1975) 『わたしたちのからだと近代社会』(成田十次郎、山本徳郎、清水重勇『私たちと近代体育』福村出版、pp.9-70) (18) 清水重勇 (1999) 『スポーツと近代教育、フランス体育思想史』紫峰図書、上、pp.49-294 (19) Amoros, col. F. (1839) Nouveau manuel d’éducation physique, gymnastique
et morale, Paris, 2 tomes et 1 pl., Libr. Encyclopédique de Roret (20) Ibid. Tome1, p.xvii « Quelques personnes pourront penser qu’on aurait
pu supprimer de cet ouvrage toutes les relations de faits généraux ou
individuels que l’on cite, et que l’on peut trouver ailleurs répandus dans
plusieurs ouvrages » 「この著書に引用された、他の多くの書物で特によく知られているような一般的あるいは個別的事実は、どれも削除されてしかるべきだと考える向きもあるかも知れないが、まさにそれだからこそ、この著書にまとめ上げ、各々関連する訓練の項目ごとに載せるのがよいのである。」 (21) Ibid. tome 2, p.77 « La leçon que vous venez de donner est un bon ‘passe-partout’ pour les voleurs, me dira-t-on. (....)Je répondrai : (....) ce n’est pas dans mon école, et en suivant mes principes, que l’on apprendra â faire du mal (....) » 「今あなたが指導したレッスンは、泥棒にもってこいの《合鍵》のようなものだと、人は言う。(....)
私は答える。(....) 私の学校では私の原理に従っており、悪を行なうことを教えるようなことはない、と。 (....)」 (22) Thibault. Aventures. op.cit. p.170 (23) Ibid. p.171 (Melchisédech
Théveno, 1620-1692) 「この技芸は動作や手の動きによって行われるものであるから、機械的技芸である(….)、この本は水夫や船頭といった、まったく卑しい身分の者たちだけを対象としているように見えるが、(….)よく読めば、水泳術というものが最も生活水準の高い人々にとっても、どれほど大切な術であるかが納得できよう。」 (24) Didrot et D’Alembert (1750-1780) Encyclopédie, ou Dictionnaire raisonnée
des sciences, des arts et des métiers, Paris, 35 tomes. (Article :
gymnasitque, tome 7, p.1017) « (....) & les divers usages qu’ils en ont
fait, soit pour la religion soit pour la guerre, soit pour la santé soit pour le
simple divertissement: cette riche mine n’est point épuisée, mais le goût
de ces sortes d’études a passé de mode; & c’est, je crois, pour
long-temps (D.J.) » 「古代人が用いていた各種各様の利用法、宗教のための、戦争のための、健康のための、単なる遊興のための利用法、この豊富な知識の源泉はくめどもつきせぬものがある。しかし、こうした知識を刻苦勉励する趣味は過去のものとなってしまった。わたしの思うに、それはかなり以前からのことである。」 (25) Rousseau. op.cit. p.77 « De toutes les facultés de l’homme, la
raison, qui n’est, pour ainsi dire, qu’un composé de toutes les autres, est
celle qui se développe le plus difficilement et le plus tard; et c’est de celle-là
qu’on veut se servir pour développer les premières ! » 「人間のあらゆる能力の中で、理性はいわば他のすべての能力の合成物にすぎず、最も難しく、最も遅く発達する。ところがこれを、最初に発達する能力のために使おうと言うのだ。」 (26) Ibid. p.118 «(....) il est forcé de raisonner à chaque action
de sa vie; il ne fait pas un mouvement, pas un pas, sans en avoir d’avance envisagé
les suites. Ainsi, plus son corps s’exerce, plus son esprit s’éclaire; sa force
et sa raison croissent à la fois et s’étendent l’une par l’autre » 「彼は自分の日々の活動のたびに、いちいち理性を働かせざるをえない。彼は前もって結果を考えることなしには一歩たりとも動いたはしない。こうして、彼の身体が動けば動くほど、それだけ精神が明晰となる。彼の力と理性は同時に育ち、相互に伸びていく。」 (27) Ibid. p.64 « Otez la force, la santé, le bon témoignage de
soi, tous les biens de cette vie sont dans l’opinion; ôtez les douleurs du corps
et les remords de la conscience, tous nos maux sont imaginaires. » 「力、健康そして自分がよい人間であるという気持ちを取り除けば、この世の善なるものはすべて偏見である。身体の苦痛と良心の呵責を除けば、われわれの不幸なるものはすべて想像力の産物である。」 (28) Ibid. p.127 « Les premiers mouvements naturels de l’homme étant
donc de se mesurer avec tout ce qui l’environne, et d’éprouver dans chaque
objet qu’il aperçoit toutes les qualités sensibles qui peuvent se
rapporter à lui, (....) . Comme tout ce qui entre dans l’entendement humain y
viens par les sens, la première raison de l’homme est une raison sensitive;
(...). » 「だから、人間の最初の自然な動きは、身の回りのすべてのものと自分とを比べ、自分が知覚する対象の一つ一つについて、自分と関わりのありそうなすべての感覚的性質を試してみることなのであり(....)、人間の悟性に入ってくるすべてものは感覚から来るのであるから、人間の最初の理性は感覚的理性である。(....)」 (29) Rousseau, J.-J. (1753) Lettre sur la musique françoise.(『ルソー全集』白水社、第12巻、「フランス音楽に関する手紙」pp.355-411) (30) Rousseau, J.-J. (1762) Le contrat social.(桑原・前川訳『社会契約論』岩波文庫1954年、pp.49-56 (31) Rousseau, J.-J. (1772) Considérations sur le gouvernement de Pologne et
sur sa réformation projettée.(『ルソー全集』白水社、第5巻、「ポーランド統治論」pp.359-472) 「強健な体格をつくり、彼らを敏捷ですらりとした体にすることだけが問題なのではなく、規則、平等、同朋愛、競争に早くから慣れさせ、同国人の眼差の下に生き、公の賞賛を欲するように慣らすこと、(....) 賞品や褒章が(....)見物人の判断するところに従って(授与され....)、競技に少し華やかさを添え、見せ物になるように組織することによって、公衆に魅力あるものとなるよう配慮する(ことである)。」(p.378) (32) Lennartz, K. (1974) Kenntnisse und Vorstellungen von Olympia und den Olympischen
Spielen in der Zeit von 393-1896, Schorndorf, Hofmann. (33) Ulmann. op.cit. pp.369-373 (34) Ibid. pp.380-381 (35) S. Karn (1975) Anatomy and Destiny, a Cultural History of the Human Body.(喜多迅鷹・元子訳 (1977)『肉体の文化史、体構造と宿命』文化放送開発センター出版部、p.291) (36) 清水重勇 (1989)『クーベルタン、その虚像と実像』(1)(『体育の科学』第38巻第9号、pp.723-727) (37) 清水重勇 (1990)『クーベルタン、その虚像と実像』(2)(『体育の科学』第39巻第2号、pp.153-160) (38) 清水重勇 (1996)『オリンピズムはなぜ要請されたのか、その歴史と現在』(『体育の科学』第46巻第8号、pp.614-620) (39) 清水重勇 (1999) 『スポーツと近代教育、フランス体育思想史』紫峰図書、下、pp.505-864; pp.1-99 (40) Coubertin, P. de (1901) Notes sur l’éducation publique, Paris,
Hachette, p.44 « Combien d’hommes, parmi les plus réfléchis
et les plus indépendants, arrivent aujourd’hui à concevoir l’harmonie
universelle, à déterminer le sens de leur vie, à trouver en eux-même
une règle de conduite ? » 「思慮も自立性も十分にある人間のうちのどれほどの人々が、今日、存在界の調和について思いをいたし、己の生活の意味をはっきりと認識し、己自身の行為の規律を見出し得ているのか。」 (41) Ibid.p.127 « (...)elle admire d’ailleurs par tradition classique,
sans l’avoir jamais compris. Volontiers, elle crierait à la parodie, (....). » 「近代教育学は古典語学習でギリシアの競技者の何たるかも知らずに古代競技の賛美などしているが、これでは声高にパロディーを述べているようなものだ。」 (42) Ibid.p.141 « Lorsque Rousseau intervint, l’instinct sportif
était mort.(....) les admirateurs de Rousseau étaient peu à même
de tirer de son enseignement les énergiques conclusions qu’il eût comportées.(....)
Dans l’école (de Dessau), les exercices physiques eurent une place d’honneur;
(....) Mais, les athlètes firent défaut. » 「ルソーが登場した時にはスポーツ本能は死滅していた。(....) ルソーの礼賛者たちは、ルソーの教訓のような力溢れる結論をほとんど引き出さなかった。(....) デッソウの学校では身体運動が尊重された(....)
が、競技者がいなかった。」 (43) Ibid.p.148 « (....)les autres peuples se prirent à voir là
une particularité héréditaire de la race anglo-saxonne (....).
C’est là un point de vue absolument fantaisiste. » 「他の国民はスポーツをアングロ・サクソン民族の遺伝的特質だと思い込んでいる(....)これはまったく思い違いというものだ。」 (44) Coubertin, P. de (1909) Une campagne de vingt-et-un
ans (1887-1908), Paris, Libr. Education physique, p.205 « Pour
tirer de la culture physique tout ce qu’elle peut fournir pédagogiquement, il
fallait commencer par l’organiser solidement. 「身体文化が教育学に提供してくれるものすべてを、そこから引き出すためには、身体文化を強固に組織化することから始めなければならなかった。」 (45) Coubertin.Notes. op.cit., p.132 « (....) mais ce qui le soutient,
c’est l’existence d’un instinct que j’appellerai l’instinct sportif et dont nous
tâcherons précisément de déterminer (....) la nature et les
caractères » 「(社会や国家)を支えているもの、それは何か本能のようなものの存在である。わたしはそれをスポーツ本能と呼ぼう。そして(....)その本質と特質を明確に定義づけることにしよう。」 (46) Ibid. p.152 « Gardez-vous de le considérer comme une
prolongation de ce besoin de remuer, de cette tendance à se dépenser qui
sont innés chez l’enfant. Il apparaît seulement avec l’adolescence et
parfois même aux approches de la virilité » 「スポーツ本能を運動欲求の延長だと考えてはいけない。あるいは子どもに内在する活動欲求の延長だと考えてはいけない。それは青年期とともに現れる。時には第二性徴期が近づくともう現れる。」 (47) Coubertin, P. de (1920) Le sport est roi,
discours prononcé à l’hôtel de ville d’Anvers en août 1920,
(Textes choisis.tome I, p.623) « Ce n’en serait pas un enfin si une
certaine pédanterie scientifique envahissait ce domaine et que, préoccupés
de la recherche de la méthode modèle propre à l’entraînement
des muscules, les instructeurs sportifs devinssent les adeptes exclusifs d’un
jacobinisme physiologique aussi épris de discipline et dMuniformité que peut
l’être le jacobinisme politique » 「この分野を科学的好奇心が支配し、スポーツ指導者が筋肉トレーニングに適した模範的方法の研究に没頭し、政治的ジャコバン主義と同じく、規律と画一化を強要する生理学的ジャコバン主義のかっこうの信奉者となるならば、そんなものはスポーツの進歩ではないでしょう。」 (48) Coubertin, P. de (1905) La gymnastique utilitaire, sauvetage-défense-locomotion,
Paris, F.Alcan. (p.116) « (....) on peut le dresser à l’obéissance;
il y a une chose qu’on ne saurait lui donner, c’est de l’initiative; (....) » 「筋肉たちを調教して従順にすることはできる。しかし、ひとつだけ筋肉たちに与えることのできないものがある。それは意志の発揮である。」 (49) Coubertin.La gymnastique utilitaire.op.cit. (p.113) « (....) qu’il
existe une mémoire des muscles et que cette mémoire
est plus longue qu’on ne pense. » 「筋肉にも記憶というようなものが存在し、その残留は想像以上に長いということだ。」 (50) Coubertin, P. de (1914) Les pourvoyeurs du royaume
d’utopie. (Textes choisis. Tome I, p.611) « Les fondations de
l’édifice sportif sont, avant tout, d’ordre psychologique. Ce qui fait un
champion, ce peut être parfois sa condition physiologique; mais ce qui fait un
sportif, c’est en premier lieu sa mentalité. » 「スポーツの作品は何よりもまず心理学の問題である。チャンピオンをつくるものは、時には生理学的条件であるかも知れないが、スポーツ人をつくるのは第一に彼の精神性である。」 (51) Ibid.p.169 « Mais parvient-il à fortifier le caractère et à développer ce qu’on pourrait appeler la musculature morale de l’homme ? Voilà sans doute la question fondamentale. » 「しかしとりわけ、スポーツは性格を強くすること、すなわち人間の道徳的肉づきと呼んでよいものを発達させることになるのではないか?恐らくここに根本的な問題があるのだ。」 |
… 引用注の終わり …
2001年3月執筆 Shimizu Shigeo
|